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| 大きいに、金へんに澤のつくり「鐸」と書いて「おおぬで」と呼ぶこの辺りは、標高650メートル。土庄港から、自動車で数十分山を登ると、瀬戸内海の最高峰星ヶ城がある峰が続く大鐸財産区のヒノキ林に着きます。この大鐸財産区が管理している約100ヘクタールの人工林には、昭和33年から50年にかけて、ヒノキ30万本とスギ約4万本、マツなど13万本が植えられています。 急斜面にある人工林というイメージとは異なり、大鐸財産区の森は、なだらかな平地に、ヒノキやスギが植えられている木の「畑」。 大鐸財産区という旧大鐸村の皆さんが、手塩にかけて育ててきた地域の森です。 |
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大正12年頃から、国が植林し、管理を大鐸村が協力しておこなう官行造林が始まりです。 植林されたヒノキや黒マツは昭和32年から49年に伐採されましたが、この森を地域の財産として継続して育んでいこうと、地域の人たちが「大鐸財産区管理会」を発足。伐採跡地に新たに植林し、手入れし続けてきたヒノキやスギがそろそろ伐採の時期を迎えています。 |
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大鐸財産区管理会 会長の石原力さんに、案内していただきました。 石原さんから、この森の施業経過を細かく記録したものを見せていただきました。どこに何年に植林し、下刈り(下草を刈り、幼木の成長を助ける)、枝打ちや間伐の手入れの経緯がわかります。 間伐は、全伐までに6〜7年ごとに3回くらいおこないます。間引く間隔が広いと日光がよく入り、早く成長しますが、良質な材になる成長度合いを見極め、風の被害の少ないように間伐率など決めていくそうです。 例えば、平成16年度に間伐した46年生(材齢46年)のヒノキ林では、白いリボンを巻いている範囲で、19本植えていたヒノキを4本間伐し、13本に。これで25%の間伐です。これ以上だと風で木が倒れたり、被害が出るそうです。 |
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良い材になるのは「おとなしい」木。枝が付いた木や、暴れ木は間伐のときに伐るのだそうです。 間伐するときには、できるだけ「真円で、垂直で、完満な」木を残す。 「完満な」とは、木の元と末(根本と先)の太さがあまり変わらないこと。 |
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完満な木を育てるためにも、枝打ちをします。少しづつ1.5メートルくらい枝を落とすと、落とした上部の幹が太くなり、まっすぐになります。それを木が大きくなるまでに、5回以上。 枝打ちが遅れているからと、3,4メートルも枝を落とすと、太らない部分ができたり、腐って変色することもあるそうです。 |
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昭和62年、大鐸財産区管理会は、このような地域の皆さんの取り組みが評価され、朝日森林文化賞を受賞しました。 今までの約70年、木を育て、森を守ることを続けてきた大鐸財産区の方々が、またこれから先も、枝打ちや間伐など、絶え間なく手入れをし続けていく。 |
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